どんなに想っていても、届かなければ意味が無い。
どんなに想っていても、無駄なことだと理解している。
それでも、終わらせることが出来ない。
何時まで経っても、抜け出すことが出来ない。
擦れ違い
今日は久しぶりの休暇。
体を休めながら、ゆっくり読書にでも興じようかと考えていた。
その矢先。
「………なあ、イージス。」
珍しく早く起きた(しかも自力で)エルトが食事を済ませ、イージスの元へやってきた。
「折り入って頼みがあるんだけどよ・・・。」
「………頼み?」
一体何であろうか。
エルトが自分に頼み事なんて。
そう思いながら、エルトの方を向く。
「あの、よ。お前、チェスできるよな。」
「チェス?」
チェス、と言えばあのチェスか?
あらゆる駒を使って行う盤上ゲーム。
「無論、出来るが・・・・。」
幼い頃から父や友人と手合わせしてきたこともあり、自分でも中々の腕前であると思う。
……が、問題はそこではなくて。
「何故そんなことを聞く?」
正直、エルトがチェスなどのゲームに興味を持つとは思えない。
むしろ外で体を動かすほうが好みだろう。少なくともイージスはそう思っていた。
「い、いや〜、ちょっと、やってみようかな〜、な〜んて………」
歯切れの悪い喋り方だ。
「………今日は雨か?」
思わず窓の外を見てしまう。
「何だよそれ!失礼な奴!」
どうやら癇に触ったらしい。それまでの控えめな態度から一変、何時ものように売り言葉を買ってきた。
相変わらず面白い。
エルトには見えないよう窓のほうに顔を向け、一人ほくそ笑んだ。
「もういい!他の奴に聞きにいくよーだ!」
そう言って部屋から出て行こうとする。
…しかし、どこのお子様だこいつは。
「ほう・・・、他に当てはあるのか?」
「そりゃ……!」
むすっとした顔で黙りこくる。
そう、他に当てなど無いことは知っている。
アルハイムやナイアスは既に出かけてしまっているし、クリスとエルトは相性が合わない。
かといって仲の良いイヌヲやカヅキ、ジョニーがチェスに詳しいとは思えない。
「……………」
キッと、無言でこちらを睨んでくる。
それは怒りと言うより焦りや葛藤の様で。
少し虐めすぎたか、と反省する。
「……分かった、教えてやる。」
どうせする事も特に無い。
それに、久々にあの駒やボードに触れて興じるのも悪くはない。
そんなことを考えながら、自分の荷物の奥底に眠っている盤を取り出すために立ち上がった。
***********************
「まずは基本のゲーム内容だ。これ位わかるな?」
「おう!お互いに駒を使って相手のキングを狙うんだろ?」
「随分大雑把だが・・・・、まあ、そんなところだ。なら、次は駒の説明だな。」
二つ折りの盤を開き、中に綺麗に入っていた駒を取り出す。
「これがポーン。駒の中では一番多い。これは一つでは弱いが、いくつかで固まると強くなる。」
「ふんふん。」
「これを上手く使いこなせる様にならなければ、何時までたっても上達はしない。それから・・・・・・・・・・・」
一つ一つ取り出し、駒を見せながら丁寧にゆっくり、分かりやすく教える。
「・・・・・・・・・・そしてこれがキング。チェスの中では一番大切な駒だ。
自分のキングにチェックをかけられ、しかも逃げたり、防いだりで
きなければ、チェックメイトで負けとなる。」
「じゃあこれを守りつつ、相手のキングを取ると・・。」
「他にも色々駒の動きはあるがな、まずはそれだけでやるのがいいだろう。」
盤を完全に開き、駒を白と黒に分ける。
「え、もうやんの?」
「聞くだけでは覚えられないだろう。習うより慣れろ、だ。」
一通りの説明を終え、とりあえず軽くゲームをしてみることにした。
「……エルト、ルークは斜めには動かん。」
「え、そうだっけ……?」
「おい、そのポーンは今ブロック状態だから動かせないぞ。」
「へ?あ、ホントだ。」
「ああ!クイーン取られた!」
「当たり前だ。これだけ敵に囲まれて取られないわけがないだろう。」
もう何回チェックをかけただろうか。
正直、こいつは物覚えが悪い。
「………何度言ったら分かるんだお前は!ナイトはL字型にしか飛ばないんだ!」
「だ、だってよ〜、覚えること多すぎて……」
「……失敗は成功の元と言うが、お前は失敗の連続だな。」
この馬鹿エル、と小さく呟く。
「うう………ι」
呻きながらも駒を手に取り必死で覚えようとしている。
そこに少しの違和感を感じた。
(おかしい………。)
自分は何時ものように皮肉交じりの言葉を投げたはず。
なのに、エルトは乗ってこない。
いつもならば厳しい教え方に文句を言ってくるのに、何も言わず真面目に話を聞いている。
そこまでして、如何してチェスを覚えたいのか。
何故?
「……エルト。」
「んあ?」
「何故そこまでしてチェスをしたいんだ?」
その問いかけに、エルトは少し顔を強張らせる。
「いやだから、なんか楽しそうだなーと……」
目を泳がせている。嘘の付けない奴だな、と思う。
その姿が可笑しくて、つい意地悪くなってしまう。
「……一応教えている立場だから、これくらいは聞いてもいいと思うのだがな。」
「ぐっ………」
エルトはこういう言葉に弱い。
おそらく騎士道を強く感じているためだろう。
それを知っていて弱みに付け込むようなことを言う自分は、果たして騎士として良いのだろうか、と心の隅で自問したりしているのは置いておく。
とうとう観念したか、エルトはポツポツと喋り始めた。
「……この前、キャロルの恋人のふりしただろ?」
「ああ……」
見合いが嫌だからといってエルトを付き合わせていたな……
「その時、教養審査だとか言われて色々やらされたんだけどよ、俺何も出来なかったんだよな。」
困ったような、情けないような、そんな顔をしている。
「人間、そんなもんで計れるもんじゃないけどよ、さすがに情けなくてさ……。」
そんな表情を見て可愛いな、などと思っている自分に心中で苦笑する。
「だからせめて、少しくらい何か出来なきゃ駄目だって思った。そうじゃなきゃ……」
そこで言葉は切られる。
エルトがエルトなりに、色々考えた結果なのだろう。
そんなことを考えていたとは思いもしていなかった。
「だから、とりあえず出来ることからと思って……」
「私にチェスを習おうと思った?」
「ああ。お前公爵家だし、教養とか一番身についてそうだもん。」
そういうことか。
「なるほどな……」
恐らくはあの方のためだろう。
エルトが想いを抱いているあの方に、少しでも近づくため。
「……なんだよ、可笑しかったら笑えよ。」
「別に可笑しいことではないだろう。それに、遅かれ早かれ教養は身につける必要があった。自覚しただけでも大きな進歩だ。」
嬉しい、と想う反面、苛立ちも隠せない。
どんなに想っても届かないから。
無駄だから。
いずれ、離れてしまうのだから―
「仕方あるまい。お前の特訓に付き合ってやる。ありがたく思え。」
それでも、想いを口にする勇気は無い、臆病な自分。
「イージス………。」
「さあ、続きをやるぞ。あまり時間を置くと、頭からすぐ抜けていくだろうからな。」
そうしてまた、自分の首をじわじわと絞めつけていくのだ。
そんな自分の愚かさが可笑しくて、イージスは自嘲した。
end
自分の思いと相手の思い、どちらを優先すべきか迷うイージス。
side.Eへ→