元々、暑いのには慣れていない。
故郷はどちらかというと寒い地方にあるし、(ウ゛ェイグほどではないが)工場での仕事の暑さも一時的なものだ。
暑がりやら、寒がりやら、そういう体質ではないと思っていたが、さすがにきついものがある。




…まあ、そうでもなければ、布団のなかでこんなことを考えていたりはしないのだが。










(暑い…)


眠れない。


暑い。とにかく暑い。


久々にラジルダで一泊を過ごすことになった一行。
街の雰囲気も穏やかになり、以前より過ごしやすくなってきた。


…が、夜の暑苦しさは、変わるわけもなく。
こうして眠れぬ時間を過ごしていた。

(…羊が135匹。羊が136匹。羊が…)

もはや羊を数える数も3ケタを越えている。

(羊が…あれ?今何匹だっけ…?)


羊をどこまで数えたかが分からなくなり、余計に目が覚めてしまった。


「…あ〜、駄目だ。眠れねぇ。…どうすっかな…、このままじゃ明日に響いちまうぜ。」

寝不足の状態で出歩くのはかなり危険だ。
どんなに気を付けていても、ふとした瞬間、それが途切れることだってある。


「…散歩でもするか。」


どこにいても暑さは変わらないが、少しはましになるかもしれない。
そう思い、他の人を起こさぬよう、静かに宿屋から出ていった。











気持ち











「う〜…、大して変わんね〜な〜、この暑さ。」


街から少し離れた湿原へ足を運んではみたものの、相変わらずの暑さに、少々ウンザリしていた。


「あ〜つい暑い暑い暑い暑い暑い暑い!!」

言ってて余計に暑くなってくる。

「暑い暑い暑い暑いあつ…!?」







突如、背後に殺気を感じる。





殺気を発している人物は気配を殺しているのか、それは微々たるものだったが。





「……………」





自然、先頭態勢をとる。







(………来る!)











殺那、右斜め後ろから一筋の風が向かってきた。

「…ぅおっ!」

それを紙一重で交わし、尚且つ相手の手を取り逃がさないようにする。

「…捕まえた!さぁ、逃がさねぇぞ…って…」




捕まえたのは意外な人物だった。




「ミリッツァ…!?」
「……………」


驚きのあまり、掴んでいた手の力を緩めてしまう。
その隙を逃さす、素早く手を払い除け、距離を置いてきた。

「なんでこんな所に…?」

「…任務の途中で、標的を見つけたから、始末しようとした。それだけのことだ。」


成程、至極まっとうな理由だ。
なんてことを頭の片隅で納得している自分。


「あ〜…そんで俺がそれを阻止したと。」
「次は決める…!」
「わ〜!たんまたんま!ちったぁ落ち着け!」
「私は落ち着いている。」


「そうじゃなくてだなぁ…!ったく、ほんっとにお前、ヒルダとそっくりだな!」


自分の意思を何がなんでも貫こうとするあたりがそっくりだ。


「…………!」


ヒルダ。

その名に僅かに反応を返してくる。






―少しの間の、沈黙。






「…お前に聞きたいことがある。」

「………は?」


突然言われたその言葉の意味を飲み込めず、しばし固まった。


「…おい。聞いているのか?」
「……あ、あ?な、何だよ…?」


再び声をかけられ、ようやく思考が再開する。


「き、聞きたいことだっけ?」
「………何故、お前はヒルダと共にいる?」
「は?」



…さっきから疑問詞ばかりが口から発せられる気がする。
それほど突拍子もないことだらけなのだ。



「…質問に答えろ。」
「いや、答えろって言われてもよ…別に、理由なんてないしな…」
「……何?」


その返答に引っ掛かるものがあったのか、ミリッツァは眉根をよせている。


「だってよ…一緒にいるのに、理由なんているのか?」
「だが…あいつはハーフなんだぞ?それなのに…」
「…は?」


何度目だ?
このおかしな返事は。




「お前…それ、本気で言ってんのか?」
「な、何を…」
「ハーフだから、何だって言うんだよ。」
「…………」
「ハーフだろうが何だろうが、ヒルダはヒルダだ。違うか?」
「しかし…」
「じゃあ聞くけどな。ハーフって、俺達と何が違うんだ?」
「え…?」


「角がある?強い力を持ってる?それが何だよ。」



そこで一呼吸置き、真っ直ぐミリッツァを見据える。



「俺が俺でしかないように、ヒルダだってヒルダっていう一人のヒトでしかないんだ。そこにハーフだとかなんだとか、そんなの関係ないだろ?」
「…………」
「お前も、お前でしかないんだよ。ハーフっていう種族とかじゃない、ミリッツァっていう一人のヒト。他の奴と何も変わらないんだ。」






そう、種族なんか関係ない。
ヒトはヒトなのだから。






「…お前の言っていることは、ただの綺麗事だ。」

「…それ、他の奴にも言われた。」

「理想ばかりを語る、子どもと同じだ。」

「俺はまだまだ子供だ。」

    「…何故、お前はそんな考えを持っていられる…?」



顔を伏せ、唇を噛み締めながらポツリと呟く。
その姿は普段の『四星』のものではなく、か弱い女性の見せる雰囲気だった。




もしかしたらこれが、彼女本来の姿なのかもしれない。




「…やっぱお前、ヒルダにそっくりだな。」
「何…?」
「あいつも同じこと言ってきた。『あんたは普通のヒトなのに、なんでそこまで種族のことを気にするのか』ってさ。」
「………」
「俺はさ、単純だから」
「………?」
「『これは違う!』って思ったことは、何が何でも正しくしたいと思っちまうんだよなぁ…」
「…それは、お前の性格だろう。考えとは違うものだ。」
「そうか?それもそうだな。だけど、考えねぇ…。なんつーか…」
「…なんと言うか?」



「…直感?」
「…………。」
「…悪かった。悪かったから、その剣しまってくれ。」


その場に合わぬ、ちゃらけた発言か気に障ったのか、冗談が通じないのか、本気で怒ったようだ。


「さっきも言ったけどな、俺は単純なんだ。だから、難しいことは考えられない。だから、さ。」

満天の星空を見上げ、諭すかのように話す。

「いいじゃねぇか、それでも。それが俺の気持ち、考えになるんだから。」
「………そんな、不確かなもので………」
「じゃあ、試してみるか?」
「…何を?」
「不確かなものが確かなものになるかを、さ。」





「一緒に来ないか?」





彼女も、同じ。

同じ望みを持っている。


誰もが幸せに暮らせる世界を。


だから、きっと。

きっと分かってくれる。






「………私は…」

必死に搾り出したような声。

「私は…行かない!」

キッと、前を向き、ティトレイを睨みつける。

「私は、お前たちの敵だ!寝返るようなまねはしない…!」
「寝返るとか、そういうんじゃ…」
「同じだ。私にとっては。」

剣を収め、クルリと踵を返す。

「…今日は見逃してやる。だがしかし、次は…次に会ったときは、容赦はしない。」
「………」
「それまで、せいぜい足掻いていればいい。」


そう言い残し、自分のフォルスを使って、姿を消した。
後に残ったのは、月の光と、静寂のみだった。









「………」


行ってしまった。

自分の気持ちは、彼女には理解されなかったのだろうか。

でも、それでも。

諦めない。いつか、どんなに時間がかかっても、分かってくれる時が必ず来る。

直感だけど、そう感じたんだ。



「……帰るか。」



だから今は、自分に出来ることをしよう。